大判例

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東京家庭裁判所 昭和39年(家)10192号 審判

申立人 大川とみ子(仮名)

相手方 芝山則男(仮名)

事件本人 芝山勝男(仮名)

主文

相手方は、毎月一回当裁判所の指定する日時および場所において事件本人を申立人と面接させる。

申立人および相手方は、前項による面接の実施については、家庭裁判所調査官西田博の指示に従え。

理由

一、事件申立の要旨

(一)  申立人と相手方とは、昭和三一年一一月八日婚姻し、その間に昭和三二年一二月二一日事件本人が出生したのであるが、昭和三八年一一月三〇日東京家庭裁判所の調停により離婚し、その際相手方が事件本人の親権者と定められたので、申立人は相手方と別居した昭和三八年四月一日以降自らの手許で監護養育していた事件本人を昭和三九年一月五日相手方に引き渡し、以後事件本人は相手方によつて監護養育されている。

(二)  申立人は右離婚に際し、事件本人を手離すことは甚だ不本意であり、調停成立の直前まで相手方が親権者として事件本人を監護養育することには同意する気になれなかつたのであるが、相手方は調停の席上で離婚後は何時でも事件本人を申立人に面接させることを約束したので、相手方が事件本人の親権者として事件本人を監護養育することに同意し、調停を成立させ、(一)記載のとおり事件本人を相手方に引渡したのである。右の面接に関する約束は、調停条項として記載されていないが、これは相手方が何時でも事件本人を申立人に面接させると確約し、相手方代理人も、申立人が離婚後事件本人と面接することは親として当然なしうることであると言明したので、申立人としても調停条項として記載されなくても、離婚後事件本人とは問題なく面接できると思つたからである。

(三)  ところが、申立人が、前記確約に基づき、離婚後代理人を通じて相手方に対し、毎月一、二回事件本人と面接し、一日或いは半日なり、ともに過せるよう取計つてほしい旨交渉したところ、相手方は前記確約に反し、頑強にこれを拒否している。申立人が事件本人と面接することは、調停の席上で繰り返し確認された了解事項であるのみならず、母である申立人に当然認められる権利であり、相手方がこれを拒否すべき何等正当な理由はないのであるから、相手方が毎月二回事件本人を申立人と面接させる旨の子の監護に関する処分をする調停をされたい。

二、本件調停の経過

(一)  本件調停は、昭和三九年七月一一日に申し立てられ、第一回調停期日は同年八月二〇日に開かれたのであるが、相手方は同年八月一二日付の上申書と題する書面を当裁判所に提出し、相手方は離婚の調停の際事件本人の親権者と定められ、事件本人を引取つて以来、誠実に事件本人の監護養育に当つており、その後現在の妻さちこと結婚したが、同人は子供好きで育児に専念し、事件本人の面倒をよくみてくれており、事件本人も同人に対し真実の母の如くなついており、また先夫との間の子二人とも真実の兄弟の如く仲が良く、一家五人睦まじく現住所で生活しているのである。したがつて、申立人は事件本人の監護養育についてはすべて相手方に任せ、事件本人と面接して事件本人の心を乱すようなことはせず陰ながら事件本人が幸福な毎日を送れるよう見守るべきであり、しかも申立人と相手方とは、離婚調停の際、以後相互に何等の請求をしない取決めもしているのであるから、相手方としては、申立人と事件本人の面接など申立人の如何なる要求にも応ずることはできない旨表明し、右期日には出頭しなかつた。

(二)  そこで当裁判所調停委員会としては、家庭裁判所調査官西田博をして相手方の意向の確認と次回調停期日への出頭勧告をさせたところ、相手方は同年九月一五日の第二回調停期日には現在の妻さちことともに出頭したので、相手方に対し申立人の意向を伝え、事件本人と申立人との面接は、離婚調停の際の了解事項でもあるから、毎月一、二回事件本人を申立人に面接させることについて考慮するよう説得を試みたが、相手方は離婚調停の際そのようなことを了解した事実はないし、相手方夫婦が事件本人の監護養育に最善の努力を払つており、事件本人も現在の妻によくなつき、幸福に暮しておることは前記上申書に記載したとおりであり、とくに事件本人に対しては、本当の生みの母親は現在の妻さちこであり、ある事情があつて、これまで事件本人を申立人が育てていたのだと云い聞かせてあり、現在事件本人を申立人と面接させることは、折角さちこになついて安定した生活をしている事件本人に二人の母親をつくつて、その心を動揺させ、事件本人の福祉を害することになるし、また申立人が事件本人との面接を強く求めるのは、事件本人との面接にかこつけて相手方夫婦親子の平和な家庭生活に干渉し或いはこれを妨害しようとする意図があると思われこの点からも事件本人の福祉が害されるから、申立人の要求には絶対応ずることはできない。相手方は外科の開業医として極めて繁忙であるにもかかわらず、調停期日に出頭したのは現在事件本人が幸福に暮しており、その監護養育には何の心配もないことを申立人に了解してもらおうと思つたからであつて、このことを申立人が了解してその要求を徹回しない以上、爾後の調停には絶対に出頭しない旨を繰り返し述べるのみで当裁判所調停委員会の説得に応じなかつた。

(三)  当裁判所調停委員会は、更に当事者間の話し合いを続けるため、第三回調停期日を同年一〇月一三日に指定したが、同期日に相手方は出頭せず、遂に調停は成立する見込がなくなり、同日本件調停は不成立となり、審判に移行した。

三、当裁判所の判断

(一)  本件記録添付の申立人および相手方の戸籍謄本、相手方申立人間の昭和三八年(家イ)第一一五三号夫婦関係調整事件記録並びに家庭裁判所調査官西田博の調査報告書によれば、申立人と相手方とは昭和三一年一一月八日婚姻し、その間に昭和三二年一二月二一日事件本人が出生したのであるが、昭和三八年二月頃から折合が悪くなり、相手方は同年三月二八日離婚調停を東京家庭裁判所に申し立て、同年四月一日申立人は事件本人を連れて別居し、同年一一月三〇日東京家庭裁判所の調停により相手方と申立人とは離婚し、その際相手方が親権者と定められ、申立人は同年一二月二二日に事件本人を相手方に引渡すこととなつたが、右引渡日に事件本人が申立人と別れ相手方の許に行くのを嫌がつたため、申立人も事件本人を手離すに忍びず、同年一二月二四日東京家庭裁判所に親権者変更の調停申立をしたものの、再び思い直し、右申立を取り下げ、昭和三九年一月五日事件本人を相手方に引き渡し、以後事件本人は相手方によつて監護養育されていることを認めることができる。

(二)  ここに問題となるのは、本件申立人の如く、離婚後親権もしくは監護権を有しない親が未成熟子に対し面接ないし交渉の権利を有するか、また有するとして、その親が面接ないし交渉権を行使するため必要な事項について他方の親権もしくは監護権を有する親との間に協議が調わずまたはできない場合に家庭裁判所が審判をすることができるかということである。けだし、わが民法は多くの国の立法例のように、この親権もしくは監護権を有しない親の未成熟子に対する面接ないし交渉に関する明文の規定をおいていないからである。

しかしながら、当裁判所は、この未成熟子に対する面接ないし交渉は、親権もしくは監護権を有しない親としての最低限の要求であり、父母の離婚という不幸な出来事によつて父母が共同で親権もしくは監護権を行使することが事実上不可能なために、一方の親が親権者もしくは監護者と定められ、単独で未成熟子を監護養育することになつても、他方の親権もしくは監護権を有しない親は、未成熟子と面接ないし交渉する権利を有し、この権利は、未成熟子の福祉を害することがない限り、制限されまたは奪われることはないものと考える。そしてこの権利は、監護そのものではないが、監護に関連のある権利というべきであり、この面接交渉権行使のため必要な事項は、正に民法第七六六条第一項による監護について必要な事項と解されるから、離婚に際し親権もしくは監護権を有しないことになつた親は、未成熟子との面接交渉権行使に必要な事項につき他方の親権もしくは監護権を有する親との協議で定めることができ、その協議が調わないとき、またはできないときは、家庭裁判所がこれを定めるべきものであり、また家庭裁判所は、離婚後子の利益のため必要があると認めるときは、未成熟子との面接交渉権行使に必要な事項について相当な処分を民法第七六六条第二項による監護に関する処分として命ずることができると解すべきである。

(三)  かかる見解にもとづき、本件をみるに昭和三八年(家イ)第一一五三号夫婦関係調整事件記録、家庭裁判所調査官西田博の調査報告書並びに申立人に対する審問の結果によると、昭和三八年一一月三〇日に成立した申立人と相手方との離婚調停の際に事件本人に対し親権を有しないことになる申立人は親権者として事件本人を監護養育することになる相手方に対し、離婚後事件本人と面接させるよう申し入れたところ、相手方はこれを了承したがその際両当事者間にはこの面接の回数、日時、場所などについての協議はなされず、この協議は後日にもちこされ、その後昭和三九年七月頃申立人が代理人を通じて相手方に対し事件本人との面接に関する協議を申し入れたが相手方はこれに応ぜず、協議が調わなかつたことを認めることができる。したがつて当裁判所は、家事審判法第九条第一項乙類第四号、民法第七六六号第一項により、申立人と事件本人との面接に関する事項について審判権を有することは明らかである。

(四)  ところで、相手方は現在事件本人は相手方の監護のもとで幸福に暮らしており、事件本人を申立人と面接させることは、事件本人の心を動揺させることになり、また申立人は事件本人との面接にかこつけて相手方夫婦親子の平和な家庭生活に干渉し、これを妨害しようとする意図を有しており、いずれにせよ、事件本人の福祉を害することになるから、事件本人を申立人に面接させるべきでないと主張している(相手方に対しては審判の際に呼出し陳述の機会を与えたが、出頭せず、調停の際における相手方の主張は変更がないものとみる。)ので、この主張の当否について検討する。家庭裁判所調査官西田博の調査報告書および申立人に対する審問の結果によれば、相手方主張の如く、相手方は事件本人を申立人から引き取つた後、誠実に事件本人の監護養育に努めており、昭和三九年三月六日相手方と婚姻した妻さちこも事件本人の面倒をよくみており、事件本人も右さちこによくなついており、またさちこの連れ子芝山進(一七歳)、同悟(一五歳)(いずれも同年五月一二日相手方と養子縁組をなしている。)とも仲が良く、相手方の家庭に十分適応し一応幸福に暮していることを認めることができるが、それだからといつて申立人と事件本人との面接が直ちに事件本人の福祉を害することになるとは考えられない。相手方が本件調停の際に自ら述べていることであるが、相手方が事件本人に対し現在の妻さちこが真実の生みの母親であり、或る事情があつてこれ迄申立人に育てられていたと云い聞かせてあること等からすると、相手方が事件本人を申立人と面接させることにより、事件本人の心を動揺させることになりはしないかと考えるのももつともであるが、かく相手方が事件本人に云い聞かせたことの当否は別としても、六歳まで申立人とともに生活してきた事件本人が果して相手方の言をそのまま真実であると思つているかどうか疑わしいのみならず、仮に事件本人が相手方の言をそのとおり信じており、申立人と面接することにより多少心の動揺があるとしても、先に(一)で認定したごとき申立人と別れて相手方に引き取られた際の経緯等からして申立人との面接により受ける利益と比較考慮するときは、直ちに事件本人の福祉が害されるものとは認めがたい。したがつて、申立人との面接により事件本人の心が動揺し、その福祉が害されるとの相手方の主張は理由がない。また、昭和三八年(家イ)第一一五三号夫婦関係調整事件記録および家庭裁判所調査官西田博の調査報告書によつて窺われる、申立人と相手方との離婚に至るまでの経緯からすると、相手方が申立人が事件本人との面接にかこつけて相手方夫婦親子の生活に干渉しまたはこれを妨害する意図を有するのではないかとの疑念をもつのも分らないではないが、申立人に対する審問の結果によれば、申立人はかかる意図を有するものでないことを強く表明しており、当裁判所も申立人の言を信ずるものであり、他に申立人がかかる意図を有することを認めるに足る証拠もない。したがつて申立人がかかる意図を有することを前提とし事件本人の福祉が害されるとの相手方の主張も理由がない。

(五)  また、相手方は、離婚調停の際、相手方と申立人とは、以後相互に何等の請求をしないことを約しているから、その後申立人が相手方に対し事件本人との面接を求めるのは右約に反すると主張している。昭和三八年(家イ)第一一五三号夫婦関係調整事件調停調書によれば、その調停条項第五項として「当事者双方は本件離婚に関し、前各項に定めた外今後互に名義の如何を問わず何等の請求をしない」旨の記載があるが、本件で申立人が求めている事件本人の面接に関する事項は、右調停条項第二項により定めた「当事者間の長男勝男の親権者を父である申立人(本件では相手方)と定め、申立人において監護教育する」ことに関連のある事項であつて、右調停条項第五項はかかる事項についての当事者の爾後の請求まで禁ずる趣旨でないことはその文言から明らかである。したがつて、この点についての相手方の主張も理由がない。

(六)  以上により、相手方に対し事件本人との面接を求める申立人の請求は理由があることは明らかであるが、その面接回数は、諸般の事情を考慮し、毎月一回と定めるのが相当であり、また面接の日時および場所については事件本人の年齢、両親たる申立人と相手方の住居の距離、事件本人の自由時間、両親たる申立人と相手方との感情的対立の程度、面接に利用できる場所等たえず変動する諸事情を考慮すべく、あらかじめ決定しがたいので、当裁判所が毎月その都度指定するものとし、また本件においては面接の実施につき申立人および相手方に対する調整活動を必要とするので、申立人および相手方に対し面接の実施につき本件について調査を担当した家庭裁判所調査官西田博の指示に従うことを命ずることとする。

(七)  なお、最後に、当裁判所として、申立人および相手方に対し要望ないし注意したい点を付記する。申立人に対しては、前述の如く相手方が、申立人が事件本人との面接にかこつけて相手方一家五人の生活に干渉しもしくはこれを妨害する意図を有するとの疑念を抱いていること並びに申立人が有する事件本人との面接権の行使は事件本人の福祉を害しない限り認められるものであることにかんがみ、事件本人との面接に当つては、その福祉を害することがないよう慎重に行動することを望むものである。また、相手方に対しては、申立人の事件本人に寄せる愛情、並びに事件本人が恐らく申立人に対し抱いていると推測される思慕の情等を考慮し、当裁判所の審判に従つて、申立人と事件本人との面接を認めることを望むものである。ただ、相手方がどうしても本審判に服しがたければ、上訴審の判断を仰ぐことももとより自由であるが、若し本審判が確定したにかかわらず、これに従わないならば、家事審判法第一五条および民事訴訟法第七三四条により間接強制が命ぜられるし、またこれに従わないことは監護者変更の一つの理由となることを付言する。

よつて、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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